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エッセイ

中学校
2020/12/18
Big Dipper
 

教え子の店で飲んでいたときの話である。カウンターの片隅に髭面の男が座っていた。私の方を何度も見てくる。どうも以前会ったことがあるようだ。すると、教え子の店長が「先生、あれヤントーやで」と教えてくれた。「ヤントー?えっとー、確か君と同じ学年のY君か?」、「せや、せや」。そんな話をしていると、満面の笑顔を浮かべてカウンターの隅の席からそのヤントー君がやってきた。「先生、お久しぶりです」、「誰かに似ている人がむこうに座っていると思っていたけど、ヤントーやったんか?髭はやしてるからわからんかったわ」、「先生、25年ぶりですよ」、「そうか、君、いくつになったんや?」、「40才です」、「へえ、中学卒業してから、一度も会ってないから25年ぶりやな」、「先生はぜんぜん変わっていませんね」、「そうか、俺も随分白髪が増えたしな。ところで、今何やってるん?」、「大工です」。そんな話をカウンター越しに聞いていた教え子の店長が「先生、ヤントー、工務店の社長やで。あのやんちゃやったヤントーが???」と横やりを入れてきた。すかさずヤントー君が「お前も先生に大分迷惑かけたやんけ」と返しみんなで大笑い。「君らが立派になって先生も嬉しい。ここで一緒に飲もうや」、こんな風にして教え子との久しぶりの再会を祝って酒盛りが始まった。その後、もう一人教え子が加わり懐かしい話で盛り上がった。

すっかりできあがった私たちは2次会に行くことになった。そのタクシーの中で、もう一人の教え子が、「先生、俺ら中学のとき英語の歌教えてくれたな。俺今でも歌えるで」と言って少し口ずさんだ。すると、ヤントー君が「俺なんか、Big Dipper全部暗唱できるで」と中学の英語の教科書「Big Dipper」に出てくるワンレッスンをすべて暗唱してしまった。これには私も含めタクシーに同乗した者はすべて驚かされた。「ヤントー、大工さんやったな?英語を仕事で使うんか?」、「英語は中学以来勉強してへんよ」、「25年も英語勉強してなくて、何でできるのん?」、「先生が僕らに夏休みの宿題で『暗唱してこい』言うて、覚えさせたやん」、「そうか、それにしてもすごいな」。そんな宿題を出したことさえ忘れていた私は感心しきりだった。その後、教え子たちと朝まで飲んだ。

次の日、朝から教員新任研修会があった。二日酔いのまま参加した。研修会の最後にコメントを求められた。「先生方、突然ですが、本当にいい職業に就いたと思いますよ。実は私は昨日25年ぶりに出会った教え子と朝まで飲んでいました。お陰でまだ頭がフラフラしていますが、気持ちはとってもハッピーです。社会で立派に活躍してくれている教え子たちと楽しい時間を過ごせて嬉しかったです。(タクシー内でのヤントー君の話をして)中学生に与える教師の影響力はすごいと感じました。ひょっとするとその子の人生を変えてしまうこともあるかもしれない。それだけ、私たちの言動には責任を伴います。先生方、これから長い間教師をやっていると、何度も嫌なことに出会ったり、辞めたいと思うことがあります。私たちの仕事は今すぐ答えが出るものではありません。今先生方が教えている子どもたちが成長し、5年後10年後、いやもっと先に結果が出るものなのかもしれません。ひょっとしたら出ないかもしれない。出ていても自分にはわからないかもしれない。でも、きっと何年か先に答えが出るだろうと信じて、今子どもたちと全力で向き合うのが私たちの仕事です。未来を動かす人材を作っているのが私たちです。この仕事に誇りを持って頑張ってください。25年ぶりに出会った教え子とその当時に戻って朝まで飲み明かせるような職業は他にありますか?」